昨日放牧地からの帰り、グスタフはひき馬せずにずっとついてきたので、今日もロープを持たずに放牧地までの農道を歩きました。約8分くらいの距離です。

一回だけ道草しましたが、最初から最後までフリーでついて来ました。

このことで思ったのは、本当は人も馬もみんな自由が欲しいのではないかということ。

私自身もロープを持たずに、自由に動かしてあげるのは気持ちがいいし、きっと見る人もつながれて引っ張られる馬を見るより、自由に動いている馬を見る方が気持ちがいいはずと思うのです。

動物には自然の中で自由になって欲しい。としたら、人間も動物ですよね。

自分も自由になりたいし、縛られている人を見たら、解放されて自由になって欲しいと思うのって、きっと本能に近い気持ちなのではないかと思うのでした。

が!

グスタフは人と共存できる教育をされているから、自由であっても好き勝手にしているわけではないです。

馬でさえ学べるのに、好き勝手していて我慢ができない人間の子どももいます。それは自由とは違うと思うのでした。

子どもに寄り添って自由にさせてあげるのと、我儘放題好き勝手にさせるのとは、雲泥の差があると思います。

そしてそういう子が明らかに増加してる社会現象があるように思います。携帯やゲームなどのデバイスが大きな原因だと思います。

さあて、これから寿ちゃんと四季ちゃんの躾をします。彼女たちには人に可愛がられて、自由な気持ちで生きていかれる馬になってもらいたいので、ちゃんと躾けます。
躾と教育は愛だと思っています。